院長紹介

私は大学卒業後すぐに東京都内の病院に入り、研修医となりました。そこで内科、外科、産婦人科、小児科、麻酔科、脳神経外科を回り3日に1回の当直という厳しい指導を受け医学全般にわたる知識が得られました。

同時に、ここには都立民生病院が併設されており社会の底にいる方への医療も経験することができました。

3年目からは消化器内科に所属して消化器病の知識を増やし、レントゲン検査や内視鏡検査を勉強しました。この間に慶應義塾大学放射線科の故熊倉先生にご指導いただきました。

6年目なると開院5年目の茅ヶ崎徳洲会病院で若き研修医に消化器内科の指導をはじめました。自分自身の実践も並行して行いました。

8年目からは東海大学第3内科で肝臓病、消化器病、すい臓病、内視鏡の研究と治療に従事しました。先輩の先生方に指導されながら多くの学会発表をこなしました。

この時から東海大学サッカー部に招かれてスポーツ医学の実践にはいりました。体育学部の運動部(サッカー部、バレーボール部、ラグビー部、柔道部、バドミントン部、ハンドボール部、バスケットボール部)の先生方には貴重な機会を与えていただき感謝しております。

同時期から旧村上病院へ毎週1回の診察に来るようになりここで御殿場市に関係ができました。神山には複生病院から旧ハンセン氏病患者さんのかかえる多くの一般診療を手伝ってほしいとの以来があり来ることになりました。

その後東京歯科大学市川総合病院、大船中央病院で消化器内科の専門医となり診療をしていました。

サッカーの関係で縁が出来た大阪体育大学にスポーツ医学の教授に就任し6年間教職についておりました。

この間にはユニバーシアード日本代表が北京大会優勝とu-20日本代表がワールドユースナイジェリア大会準優勝のチームに帯同し喜びを分かち合えることができました。

そして神山復生病院で神山地区の地域医療を開始しました。

今回さらにこれを発展させる必要性を理解していただき、時之栖・荒川クリニックを開業いたしました。ооо полигонpr продвижение бренда